さよなら、ギャシュリークラム

遺書を書かされています

「卒業」

 壇上から見下ろした視界に、三百人余りの全校生徒が写っている。僕は目の前に置かれたマイクの位置を調節すると、視点を一方向に定めぬまま喋り始めた。
「僕は、この学校が嫌いで仕方ありませんでした」
 誰も何も言わない。
「上辺だけの付き合いを求めていた僕たちに、表面だけを見て全てを知った気になっている教師たち。人間の持つ汚い部分だけを見続けて、頭がおかしくなりそうでした」
 誰も何も答えない。
「去年、僕のクラスの生徒が一人、自殺しました。原因はいじめです。遺書は彼の机の上に置かれていました。でもそれを、学校ぐるみで隠蔽しようとした。……勿論、僕はいじめを見て見ぬふりしていた数多くの人間の一人で、逆らうことなんて出来やしなかった」
 誰も何も言うこともない。
「それが今になって激しい後悔に襲われている。僕はそのクラスの委員長だったんです。みんなが僕を慕ってくれていたのかどうかは解りませんが、それなりの発言権を持つ立場にいたことは確かなんです」
 誰も何も答えることもない。
「なのに何も出来なかった。何も、しようとさえしなかった。いじめなんてものは、する側とされる側両者に問題があって、それはお互いの問題であると、自分が関与することから逃げていた。本当は、自分がいじめの対象になることを恐れていたんです。だから、ずっと知らないフリを続けていた」
 誰も何も言わない。
「なんであのとき、僕は彼に声をかけてあげられなかったんだろう。少しでも心の支えになってあげられたかも知れないって言うのに。僕は臆病で、卑怯なだけの、最低な人間なんだと気付きました」
 何も誰も言わない。
「学校にもマスコミの取材が幾度となく訪れ、僕は、先生たちの言うとおりに口を噤み続けました。でもあるとき一人の記者が言ったんです。それを隠そうとする貴方たちは、被害者でも第三者でもなく加害者だ、と」
 誰も何も言わない。
「頭がおかしくなりそうでした。何故、そんなことを言われなければならないんだと、そう言いたいのをぐっと堪えて通り過ぎました。でも、今でもくっきりと、鮮明に頭の中で繰り返してるんです。あの記者の言葉がずっと、ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐると」
 何も誰も言わない。
「余計なことを言わなければ、またいつもの学校生活に戻れる、だなんて何故言い切ることが出来たのですか? 少なくとも、僕は前のようにみんなに笑って振る舞うことが出来ませんでした。いじめを行った張本人は、最初のうちこそ罪の意識はあったようですが、すぐに忘れてしまったようでまた別の人をいじめ始めていました」
 誰も何も言わない。
「そしてそれをまた、誰も止めない。僕自身さえ、止めようとしなかった。彼がまた、苦痛に追い込まれて自ら命を絶つかも知れないと、そう心の中で思っていたのに、止めなかった」
 何も誰も言わない。
「彼は自殺未遂をした。一命は取り留めたものの、精神的なショックで今は自宅療養中です。この場に彼はいません」
 僕は目の前に広がる生徒たちを見下すようにし、そしてすぐに視線を外した。
「先生は笑って言いました。"彼が死んでしまわなくて、本当に良かったですね"」
 吐き気がする。
「……何が、本当に良かったですね、だ。悲痛な表情を浮かべることもなく、ニヤニヤしながら。本音を隠すくらいしてみろよ。自殺しなくて良かったとでも言いたげだった。面倒はゴメンだ、なんてありありと見て取れた。ふざけるな、ふざけるなよ、味わった苦痛は同じだろうが。それを自分たちの都合で言葉にしやがって」
 少し、ざわめき始める。
「僕は思いました。もう、この学校は腐ってると。ダメなんだと。教師たちが腐りきってるから、僕たちも腐っていくんだと。腐ったミカンなんて言葉がありますね。腐ったミカンは先生たちだったんですよ」
 叫び声も聞こえる。
「今更放り出してもしょうがない。もうそれは蔓延しきっていたんですから」
 辺りが騒がしくなってくる。
「だからこれが、僕なりの答えです。同情していただけの奴も、哀れんでいただけの奴も、保身に走っていただけの奴も、言い訳だけを賢明に考えていた奴も、それを遠くから眺めていただけの奴も、全員が全員、加害者です。僕もその一人。償いではない。所詮自己満足でしかありません。それでも、こうすることが最善だと考えました。人として、人以下に成り下がる前に、僕は、僕らはそれを卒業する他ないのです」
 遠くからサイレンが聞こえる。
「ありがとう、さようなら。さようなら、ありがとう」
 僕は右手に持っていた折りたたみ式のナイフで、首を掻き切った。

 霞がかってぼやけて滲んで白んだ視界に、三百人余りの生徒や教師たちが倒れ込んでいる。その更に向こう側で、学校関係者ではない一般の主婦やらなんやらが、そんな僕を見て大きく悲鳴を上げた。
「うるさいな」
 僕は目を閉じた。